親が入院し、その間に子が実家へ戻り、親は退院後そのまま特別養護老人ホームへ入所して亡くなった。
子は親と一度も同じ家で暮らしていない。この子は「同居親族」として特定居住用宅地等の特例を使えるのか。
「家なき子」の可能性はあるのか。条文・通達・国税庁の公表事例をもとに、一般的なケースとして整理します。
設例 親(被相続人)は自宅の土地建物を所有し、一人で暮らしていました。
体調を崩して入院し、入院から約1か月後、賃貸暮らしで持ち家のない子(相続人)が賃貸を引き払って実家へ戻りました。
親は退院後も自宅には戻らず、そのまま特別養護老人ホームへ入所し、そこで亡くなりました。
子が実家へ戻って以降、親と子が同じ家で生活した期間は一度もありません。親と子は生計別(各自の資金で生活)です。
担当者の見立て 同居親族の判定は入院時ではなく施設入所時で行えばよく、
入所時点で子は既に実家に住んでいるから同居親族に当たり、申告期限まで住み続ければ要件を満たす。
家なき子としても可能性がありそうだ。
子の入院中の転居が「入院後に建物が他の用途に供された特段の事情」に当たり、
その時点で親の居住が終わったと認定されるかどうかです。
親の居住は施設入所の直前で判定します。
「入所時で判断する」という見立ては基準時点としては妥当ですが、それだけで同居が決まるわけではありません。
子自身が相続開始直前に実家に住んでいるため、「居住していた相続人がいないこと」という入口要件を欠きます。
両者は事実評価が正反対です。
親と子が一度も共同生活をしていない事実は「入れ替わり入居」と評価される材料になります。
正面から扱った公表裁決・裁判例は確認できません。
入院費・施設費・自宅維持費の負担状況によっては生計一と評価される余地があります。
生計一なら除外事由の問題が消え、生計一親族のルートで安定します。
親の生活の拠点が入所まで自宅にあったこと。
子が一時的な介護目的ではなく生活の本拠を実家に移したこと。
「入所時に子が住んでいたから同居親族」ではありません。
条文上の唯一の障害は老人ホーム特例の除外事由(入所後に新たに他の者の居住の用に供したこと)であり、
子の転居は入所前なので文言上は除外に当たりません。問題は文言ではなく事実認定です。
親が入院後一度も帰宅しないまま入所し、その間に生計別の子が住み始めた、という経過を
「入院後に建物が他の用途に供された」と評価されると、親の居住は入所ではなく転居の時点で終わったことになり、特例の読み替え自体が働かなくなります。
特定居住用宅地等の出発点は「相続開始の直前において被相続人等の居住の用に供されていた宅地等」です(租税特別措置法69条の4第1項・第3項2号)。
被相続人が施設に入所していた場合の読み替えは、同条1項のかっこ書が定めています。
居住の用に供することができない事由として政令で定める事由により相続の開始の直前において当該被相続人の居住の用に供されていなかつた場合(政令で定める用途に供されている場合を除く。)における当該事由により居住の用に供されなくなる直前の当該被相続人の居住の用を含む。同項第二号において同じ。
租税特別措置法69条の4第1項かっこ書。「同項第二号において同じ」により、この読み替えは取得者要件(同居親族・家なき子)にも及びます。| 要件 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 要介護認定等 | 相続開始の直前に要介護認定・要支援認定(または総合事業対象者)を受けていたこと。 入所時に未認定でも相続開始直前に認定があれば足りる | 措令40条の2第2項、措通69の4-7の3、質疑応答事例「老人ホームに入所していた被相続人が要介護認定の申請中に死亡した場合」 |
| 対象施設 | 特別養護老人ホーム(老人福祉法20条の5)、養護老人ホーム、有料老人ホーム、認知症グループホーム、介護老人保健施設、介護医療院、サービス付き高齢者向け住宅など | 措令40条の2第2項1号 |
| 除外事由なし | 入所後に、その家屋を事業の用または新たに被相続人等以外の者の居住の用に供していないこと | 措令40条の2第3項、措通69の4-7(2)、タックスアンサーNo.4124(注1) |
「新たに」の語はどこにあるか
法律・政令には「新たに」の語はありません。政令の除外事由は「事業の用又は被相続人等(入所の直前において生計を一にし、かつ、引き続き居住している親族を含む)以外の者の居住の用」です。
しかし国税庁の公表解釈は一貫して「入居等後に、事業の用又は新たに被相続人等以外の者の居住の用に供されている場合を除く」と読んでいます
(措通69の4-7(2)、質疑応答事例「老人ホームへの入所により空家となっていた建物の敷地についての小規模宅地等の特例」、タックスアンサーNo.4124、平成26年1月15日の国税庁情報、東京国税局文書回答事例 平成30年12月7日)。
したがって、入所前から居住していた者が引き続き居住していることは除外事由に当たらず、入所後に生計別の親族が住み始めた場合が除外される、と整理されます。
設例の時系列は、原則として次のとおり整理されます。
「老人ホーム入所直前に同居していたか」で判定する、と実務でいわれるのは、課税実務がイを同居親族と観念し、
政令のかっこ書が生計一親族について入所直前の生計一と継続居住を要求していることからくる運用上の整理です。
国税庁の公表資料に「入所直前の同居で判定する」と明記したものは確認できません。
担当者の「入所時で判断する」という見立ては基準時点としては妥当ですが、それだけで同居が決まるわけではない、というのが次の論点です。
条文上の唯一の障害は除外事由であり、国税庁の解釈では「入所後に新たに」供された場合に限られます。
子の転居は入所前(入院中)ですから、文言上は除外に当たりません。しかし、入院事例の「特段の事情」への当てはめとして、課税庁が次のように評価する余地があります。
親は入院後一度も帰宅せず、入院当初から退院後は施設入所が予定されていた。
その間に生計別の子が入れ替わりで住み始めた。これは入院後に建物が他の用途(被相続人等以外の者の居住の用)に供された特段の事情に当たり、親の居住はその時点で終了した。
この評価が通ると、居住の終了原因が施設入所ではなくなるため、老人ホーム特例の読み替え自体が働かず、自宅敷地は被相続人の居住用宅地に該当しなくなります。
同居親族も家なき子も成り立ちません。可否は次の3通りに分かれます。
親の居住は入所で終了。子の居住は「入所後に新たに」ではないため除外事由なし。相続開始直前に自宅に居住している子はイの文言を満たします。
子の「居住」が生活の本拠の移転といえるかの立証のみ。先例のない論点であり、否認リスクは残ります。
親の居住は転居時(入院中)に終了したと認定され、終了原因が施設入所ではないため読み替えが働かず、自宅敷地は被相続人の居住用宅地に当たりません。
同居親族も家なき子も不可。生計一と評価できる場合を除き、適用見送りも含めて依頼者と協議することになります。
政令のかっこ書により子は「被相続人等」に含まれ、除外事由の問題が消えます。自宅敷地は「被相続人と生計を一にしていた親族の居住の用に供されていた宅地等」に直接該当し、子が相続開始前から申告期限まで居住していれば適用できます(3項2号ハ)。
同居の実態がないという最大の弱点を回避できるルートです。第6章で詳述します。
条文に「同居」の語はありませんが、国税庁は家なき子の入口要件にいう「居住していた親族」を次のように解しています。
相続の開始の直前において当該家屋で被相続人と共に起居していたものをいう
租税特別措置法関係通達69の4-21。平成26年1月15日の国税庁情報はこれを「被相続人と『同居』していた親族」と説明しています。国税不服審判所も、区分登記された二世帯住宅の別階に住む兄について「実際の生活状況をみても同居していた親族とは認められない」としています(平成28年9月29日裁決。平成23年改正前の旧法下の事案で、区分所有の論点が中心)。
一方、単身赴任で物理的に不在の相続人でも、赴任という特殊事情が解消すれば家族と起居を共にする家屋であれば同居要件を満たすとされており(質疑応答事例「単身赴任中の相続人が取得した被相続人の居住用宅地等についての小規模宅地等の特例」)、同居は物理的な共同生活の有無だけでなく、生活の本拠の同一性で判断されます。
設例では、「親の入院・入所という特殊事情がなければ両者は同じ家で起居していたはずだ」という筋で主張することになります。
親の入院中や入所中に相続人が転居し、同居の実態がないまま相続が開始した事案を正面から扱った公表裁決・裁判例は、国税不服審判所の小規模宅地等関係の公表裁決17件を含め確認できませんでした。
関連する裁決として、退院後に長女宅へ生活の本拠が移ったと認定して特例を否定した平成14年12月5日裁決、入院費・光熱費の負担状況から生計一を否定した平成20年6月26日裁決があり、いずれも住民票ではなく実際の生活状況で判断しています。
| 要件 | 内容 | 設例での判定 |
|---|---|---|
| 入口要件 | 被相続人に配偶者がいないこと。相続開始の直前に被相続人の居住用家屋に居住していた相続人がいないこと(措令40条の2第14項) | 子自身が居住しているため欠く |
| 3年以内の居住歴 | 相続開始前3年以内に、自己・配偶者・三親等内の親族・特別関係法人が所有する国内の家屋(被相続人の居住用家屋を除く)に居住したことがないこと | 転居前の賃貸が親族等の所有でなければ充足。被相続人の自宅は明文で除外 |
| 過去の所有 | 相続開始時に居住している家屋を過去に所有したことがないこと | 充足 |
| 保有継続 | 申告期限まで宅地を保有していること | 充足見込み |
問題は入口要件です。相続開始の直前に自宅に居住している相続人は子自身であり、文理どおり読めば子が該当して入口要件を欠きます。
通達の「共に起居」の解釈をとって「子は親と一度も起居を共にしていないから居住していた相続人に当たらない」と主張する余地は理論上ありますが、
それは子が同居していなかったという評価であり、同居親族の主張と正面から矛盾します。いずれの読み方をとっても、家なき子は成立しないと整理できます。
加えて、被相続人に配偶者がいれば入口で不可です。
同居親族と家なき子は択一です。申告時の添付書類も異なり(同居親族は個人番号がない場合に自己の居住を明らかにする書類、家なき子は3年間に居住していた家屋が要件外の家屋であること・過去に所有していないことを証する書類。措規23条の2第8項2号・3号)、同一の申告で両方を選択することはできません。
「同居親族が本筋、家なき子は予備的」という整理は、家なき子の主張が子の非居住を前提とする以上、本筋を自ら弱める関係にあります。
「生計別」は担当者の説明を前提にしていますが、確認する価値があります。
生計を一にしていたかは、親の入院費・施設利用料の支払原資、自宅の固定資産税や光熱費の負担者、親名義の口座からの引落しの状況、親の年金と子の収入の使われ方などの実態で判断されます(平成20年6月26日裁決が判断要素の参考になります)。
入所直前に生計一と評価できれば、次の2点で状況が大きく変わります。
同居の実態がないという最大の弱点を回避できるルートですので、事実関係を最初に確認することをお勧めします。
法改正の状況 令和7年度・令和8年度の税制改正に、特定居住用宅地等の要件を変える改正はありません。令和8年度改正の貸付用不動産の評価方法の見直しは財産評価の問題であり、措法69条の4の特定居住用には変更がありません。